「盆栽」ってご存知ですか。小さな鉢に樹木を植えて、日々手入れをしながらその姿を眺めて楽しむという趣味の一つです。日本では昔から「おじいちゃんの暇つぶし」というイメージが根強い盆栽ですが、1990年代から生きたアートとして世界的に人気を集め始めました。今や「盆栽」はオックスフォードやケンブリッジなどの権威ある辞典にも掲載されるほどの世界共通語になっているのです。元々ガーデニングが盛んな欧州では盆栽専門誌が30誌ほども発行されており、「本場の技術を学びたい!」と日本を訪れて盆栽園に弟子入りする筋金入りの盆栽ファンも増えつつあるほど。そんな中で外国人の注目を集めているのが、埼玉県にある「大宮盆栽村」。都心から少し離れたこの一見地味なエリアを訪れる外国人観光客の数がここ数年で急上昇しています。盆栽愛好家の聖地とも称される大宮盆栽村の魅力について探ってみました。
その前に、そもそも盆栽とは何なのか?
約1,300年前に中国で誕生し、平安時代に日本に渡って独自の進化を遂げたとされる盆栽。ただ鉢に木や花を植えるだけであれば、園芸の「鉢植え」と似たもののように思えます。でも、この二つは似て非なるものなのです。園芸は花や植物そのものの美しさを楽しみます。水や肥料を惜しまず与えて、大きく美しく育つように世話をします。しかし盆栽は「自然そのものの風景を鉢の上に再現する」のが目的。一定のルールに沿って、葉の茂り具合や色合いなどを調整したり、針金を巻きつけて樹形を変えたり、一部の幹を強調するために他の枝などを剪定して減らしたりするなど、質の高い盆栽を仕立てるには高い技術が要求されます。水や肥料を意図的に少なく与えて(これを「からい」と表現します)成長をコントロールし、枯れる寸前の幹の風合いなどを楽しむのも園芸との大きな違いです。1970年の大阪万博などをきっかけにじわじわと国外にも知られるようになっていた盆栽が、90年代以降になると驚きに満ちた「小さな宇宙」として海外での人気に火が点きました。今では海外でも盆栽作りに取り組む人が増え、instagramでは世界中の盆栽ファンが「#bonsai」のハッシュタグを付けて日々自慢の作品を投稿しているのを見ることができます。
大宮盆栽村とは?
かつて、江戸時代の東京の下町では大名屋敷などの庭を手入れする植木職人が多く住んでおり、時代が明治に移ると盆栽業を営むようになりました。それら盆栽業者が1923年の関東大震災で大きな被害を受け、盆栽づくりに適した広い土地と良い環境を求めて、埼玉県の大宮に集団で移住したのが盆栽村のはじまりです。戦前は30以上の盆栽業者が軒を連ね、多くの要人が訪れました。1970年の大阪万博では、政府が行った盆栽展示の大多数が大宮盆栽村からの出品だったそうです。1989年には第1回世界盆栽大会が大宮市で開催され、国内外から1200人が集まりました。現在大宮盆栽村には6軒の盆栽園が点在し、古くからの伝統を守り伝えています。盆栽が置かれているのは盆栽園だけではありません。開村当時、盆栽村に住む者の規約として「盆栽を10鉢以上持つ」「二階家は建てない」「塀を作らず囲いは生垣にする」「門を開放しておく」という4つの決まりがありました。この頃に形作られた情緒あふれる景観は今でも変わらず、今では県内有数の高級住宅街となっています。
盆栽しかない大宮盆栽美術館
大宮盆栽村を訪れたらまず向かうべきは、2010年に開館された世界で初めての公立盆栽美術館「大宮盆栽美術館」です。庭園には、季節に合わせた見頃の盆栽が50点ほど展示され、様々な方向や角度から眺められるように工夫されています。また館内にはギャラリーが設けられ、伝統的な座敷にあわせた盆栽の飾り方を見ることができるほか、盆栽用の植木鉢である盆器、水石と呼ばれる鑑賞用の石、盆栽を描いた浮世絵や掛軸、盆栽に関わる資料なども置かれ、とにかく盆栽尽くし。日本語、英語、中国語、韓国語の4か国語に対応した音声ガイドを300円で貸し出してくれるので、日本語が苦手でも展示の詳しい解説をじっくり聞くことができます。美術館の向かいには、盆栽を眺めながら和風料理を食べられるレストランもあるので要チェックです。
盆栽四季の道と四季の家
大宮盆栽村に一歩足を踏み入れると、風情のある家屋が並ぶ端正な町並みが迎えてくれます。かつて移り住んできた人達は、将来を見据えて碁盤の目のように道を整え、両側に桜、もみじ、けやき、楓などの樹木を植えました。現在では植えられた樹木ごとに「けやき通り」「さくら通り」などと名前が決められ、「盆栽四季の道」として散策コースとなっています。最寄りの大宮公園駅では「盆栽村イラストマップ」が、大宮盆栽美術館では「大宮盆栽村お散歩マップ」が配布されています。いずれかを散策のお供に、四季折々の木々の姿を楽しみましょう。疲れたら、もみじ通り沿いにある「四季の家」へどうぞ。こちらは落ち着いた木造建築に和風庭園を備えた公営の休憩施設で、和室に入るのは有料ですが、土間と囲炉裏のある休憩室は誰でも自由に利用できます。しばし腰かけて純和風な佇まいの中でひと息つくと、ゆったりとした時間が流れます。
四季の家
埼玉県さいたま市北区盆栽町267-1
利用時間:休憩室9:00-17:00 和室9:00-21:30(年中無休)
伝統を守る6つの盆栽園
大宮盆栽村には現在6つの盆栽園があり、各園主こだわりの盆栽の数々や働いている盆栽職人さん達の姿を見ることができます。弟子入りしている外国の職人さんにも会えるかもしれません。
芙蓉園
雑木盆栽と寄せ植えに力を入れ、しなやかで柔らかな風情を演出。
九霞園
得意な添え草をはじめ、外来植物や園芸植物など300種以上の盆栽あり。
九霞園公式サイト
清香園
江戸前の技を大切に、洗練された美を追究。「彩花盆栽」も女性に人気。
清香園公式サイト
蔓青園
最も古い歴史を持ち、蝦夷松などの創作盆栽で生み出す深みのある景色が得意。
藤樹園
一般に人気が高い五葉松や小品盆栽を数多く手がけ、盆栽教室も長く開催。
松雪園
パリで展開された盆栽村のアンテナショップでは園主が剪定のデモを実施。
ほとんどの盆栽園では無料で見学を受け入れてくれていますが「園内では静かに」「盆栽に手を触れない」「写真撮影禁止」が原則です。ただし、写真については園によっては許可しているところも。マナーを守って気持ちよく見学しましょう。各園とも木曜日は定休日なのでご注意を。
なお、盆栽を鑑賞する豆知識をひとつ。盆栽は床の間に飾る前提で作られているため、見るべき向きが「正面」として決まっています。傾きやバランス、枝のボリュームなどが、正面に立った時に一番美しく見えるように調整されているのです。正面を意識して全体をじっくり鑑賞した後は、ぐっと近づいて下から見上げ、大樹の下に佇んでいるような感覚を味わってみて下さい。
大盆栽まつり
大宮盆栽村では毎年5月3日~5日に「大盆栽まつり」が開催されており、外国の人も数多く訪れています。四季の家で各盆栽園が所有する名品が特別展示されるほか、日本中の盆栽業者や一般の盆栽ファンが丹精込めて育て上げた盆栽を並べます。約120店が出店する盆栽や盆器の即売会も行われ、たくさんの人で賑わう様子はまさに盆栽の一大フェスティバル。売っている人に気軽に育て方のコツを聞いたり、値段交渉ができるのも即売会ならではですね。道の両側に立ち並ぶ屋台をひやかしつつ、視界いっぱいに緑を感じて歩けば、盆栽の世界がぐっと身近に感じられるはず。
まとめ
今では日本国内でも若い人に「ミニ盆栽」「盆栽カフェ」などが流行しはじめています。身近に緑を置くことで癒し効果を求めようと長くガーデニングがブームになっていますが、そこに盆栽という選択肢も加わっているのです。そこには間違いなく海外での「BONSAI」人気が影響しています。2017年4月には「第8回世界盆栽大会」がここ大宮盆栽村で再び開催されることが決まっています。国内外の多くの人々がこの街に集結して盆栽の魅力を再確認することでしょう。鉢の上に自然の営みを凝縮して再現させる盆栽という世界、あなたも一度覗いてみては?