photo by ゆう三月
初詣や七五三で神社や寺にお世話になる方、観光で神社や寺に訪れる外国人観光客の方は多いかと思います。でも「神社」と「お寺」の違いって正直分らないですよね。日本人も外国人も知らない「神社」と「お寺」の違いとは?今回はその違いについて考えてみたいと思います。
1. 宗教の違い
まず根本的に違うのは「神社=神道」「お寺=仏教」です。
日本古来の「神道」
神道とは縄文時代(約2300年前)から続く日本古来の宗教。モノやコトの全てに宿る神を信仰します。神道にはイエス・キリストや釈迦のようなカリスマ創唱者が存在せず日本の風土や生活習慣から自然に発生しました。要するにエスキモーやインディアンと同じくシャーマニズムなのです。神道において「神」は自然そのものであり、恩恵を与えるのも 「神」、天変地異を引き起こすのも「神」でした。そして「神」と「人々」を繋ぐのが卑弥呼のようなシャーマンの存在だったのです。シャーマンは「神」の言葉を代弁することで血縁や地縁で結ばれた部族の行く末を示す存在でした。神道はシャーマンを中心とした地方共同体の要の役割を果たしてきたのです。
インド発祥の「仏教」
仏教とは釈迦を開祖とするインド発祥の宗教。日本へは約1500年前に伝来しました。仏教の基本的な考えは「輪廻」と「解脱」。「輪廻」とは簡単に言うと前世~今世~来世と「生」は永遠に続くモノであり「良いコトをすれば来世では良い境遇になるし、悪いコトをすれば来世では悪い境遇になっちゃう。だから良いコトをしようね、悪いことはしちゃダメだよ」ということ。ここまではヒンドゥー教の考え方とほぼ一緒。違うのは釈迦がたどり着いた「解脱」がプラスされた点。釈迦の「解脱」とは簡単に言うと「今の苦から逃れる具体的な方法」。前世や来世のことより今はどうしたらいいの?という人々に今のココロの安らぎを説いています。仏教は日本に伝来以来、人々の基本的な道徳心の基となってきました。
2. 崇拝対象の違い
神道は「八百万の神」
神道は自然のコトやモノの全て宿る神を崇拝する多神教です。太陽や月などのスケールの大きいモノや米やトイレなど身近な細々したモノの全てに無限の神が宿ると考えられています。これらの神様の総称が「八百万の神」と呼ばれています。また神道では亡くなった有力な人物も神として祀るのも特徴です。
仏教は「釈迦」
仏教は解脱を目標としています。そのため何かのモノやカタチに対して信仰するという考えは本来ありませんでした。しかし時間の経過と共に解脱の創唱者「釈迦」やその他の偶像を信仰の対象とするようになりました。ちなみに釈迦とは仏陀の別名です。
3. 宗教施設の違い
神道は「神社」
神道の「八百万の神」は自然そのモノですから、古来では山や滝など神が宿る神聖な場所を信仰してきました。現在の神社は八百万の神が祀られた祭殿が常設化された場所になります。神社に祭られるご神体の多くは、神が仮宿する御幣や鏡であったり、あるいは何もない空間だけであることが多いです。
神社のビジュアル的な特徴は
- 入口の「鳥居」
- 神様の通り道「参道」
- 手と口を清める「手水舎」
- 神様が祀られている「本殿」
仏教は「お寺」
お寺は本来、釈迦のたどり着いた解脱を目指す人々が修行をする場であり、一般の人々に仏教の教えを説く布教の場所でした。時間と共に創唱者の釈迦が神格化され、仏像や仏殿などが誕生し今のカタチになりました。そのため現在では仏教修行を行う「僧房」と偶像などの信仰対象を祀る「伽藍」に分かれていま す。
お寺のビジュアル的な特徴は
- 入口の「山門」
- 釣鐘のある「鐘楼」
- 釈迦を表している「塔」
- 信仰対象を祀る「本堂」
4. 聖職者の違い
神道は「神職」「巫女」
神社にいる聖職者が「神職」。「神主」という名称が一般には広まっていますが正式には「神職」といいます。神職は神社に仕えて祭事などを行います。神道には仏教のように教義が存在しないため参拝者に対して説教は行いません。古来の巫女は祈祷、占い、口寄せ、神のお告げを人々に伝える、のようなシャーマンの役割をしていましたが明治以降は神主を補佐する役割へと変化しました。
仏教は「僧」「尼僧」
お寺にいる聖職者「僧」。一般的には「お坊さん」という呼び名で知られています。僧は仏教修行のほか、一般の方に説教をしたり、お経を読んだり、寺院や墓地の管理などを行っています。「尼」とは仏教修行を行う女性僧。男性の僧と同じように説教をしたり、仏事に携わる法要を行ったりします。
まとめ
神社とお寺は雰囲気は似ているモノのまったく違う意味を持っています。日本人として改めて宗教について考えてみると、日本人の道徳心には、神道も仏教も深く入り込んでいるな~と感じました。普段意識していなくても親や社会の教えの基本となっていたのが神道や仏教だったのです。「どんな神様」に「どんなお願いをするか」をふまえればより有意義な参拝になるのではないでしょうか。